ぬまがさワタリによるイラスト

ビニールタッキーの「月刊おもしろ映画宣伝」 最終回 [バックナンバー]

ビニールタッキーの「月間おもしろ映画宣伝」最終回 特別寄稿:ぬまがさワタリ

映画宣伝はよくなり続けている

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連載「ビニールタッキーの『月刊おもしろ映画宣伝』」は、今回で最終回となる。著者であるビニールタッキーが、10月に死去したためだ。

本来は映画ナタリー10周年企画として、彼がこの10年で印象に残った映画宣伝を振り返る原稿を掲載する予定だった。すでに記事の選定を終え、その中でも「宣伝側に当時の裏話を聞きたい」というニュースを指定してもらっていた矢先、不幸な知らせが届き、この企画はやむなく中断となった。

しかし彼自身が強い関心を寄せていた企画でもある。そこで映画ナタリーでは、ビニールタッキーが特に裏話を聞きたがっていた「アングスト/不安」「ボヘミアン・ラプソディ」の宣伝担当者に、当時を振り返ってもらうコメントを依頼。さらにそのコメントをもとに、ビニールタッキーの友人であり、これまでともにイベントも行ってきた作家 / イラストレーターのぬまがさワタリにコラムとイラストを寄稿してもらった。

構成 / 松本真一 コラム・ヘッダーイラスト / ぬまがさワタリ

ウォッチャーの旅路は終わっても、映画宣伝の物語は続く(寄稿:ぬまがさワタリ)

「映画なんかいくら観たって、世の中が良くなるわけじゃない。」

日々の悲惨なニュースに囲まれて、そんなふうに感じる映画ファンもいるかもしれない。

なるほどたしかに、戦争、貧困、病気、差別、環境問題、どれもこれもなくなる気配がない。 何を隠そう、この記事を書いている私も、素晴らしい友達の早すぎる逝去という、あまりに悲しい体験をしたばかりである。

その友達とは、この連載をお読みくださっていた皆さんにはおなじみ、ビニールタッキーさんだ。

自己紹介が遅れたが、私はビニールタッキーさんではなく、その映画好きのお友達だった作家 / イラストレーターのぬまがさワタリと申します。

ビニールタッキーさん(通称ビニタキさん)との個人的な思い出は、以下のブログ記事にびっちり書いたので、気が向いたら読んでみてください。

ビニールタッキーさんとの思い出。 - 沼の見える街
ビニールタッキーさんとの思い出。 - 沼の見える街
ビニールタッキーさんとの思い出。 - 沼の見える街

このたび映画ナタリーさんから依頼をいただき、ビニールタッキーさんが逝去の直前まで執筆していた「この10年の映画宣伝ニュース」を語る記事を参照しつつ、この連載の「最終回」として肩代わりさせてもらう、というミッションに挑む運びとなったのでした。

いうなれば、志半ばで逝去された三浦建太郎先生のマンガ「ベルセルク」を森恒二先生の監修で完結まで持っていこう、といった取り組みのライト版だと思ってほしい。(ビニールタッキーさんがいたら「いくらなんでも比較対象がヘビーすぎるでしょ!」とか「ここは映画で例えましょうよ」とかツッコミを入れてくれたことだろう。寂しい。)

世の中が良くなっているかは保留として、少なくとも「映画宣伝」には確実に変化が起こっていると、映画宣伝ウォッチャーとしてビニールタッキーさんは確信していたようだ。この10年の「映画宣伝」の移り変わりを象徴するような、ビニールタッキーさんが特に掘り下げようとしていたいくつかの記事に、代わりに着目してみたい。

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「で、犬は死ぬの? 死なないの?」そんな心配が映画ファンの間で飛び交うようになったのは、いつ頃からだったろうか。物語にショッキングさをもたらすために女性が残酷に殺されがちな件を表す「冷蔵庫の中の女」という言葉があるが、それの「犬」版のような展開もまた地味に多い(冷蔵庫の中の犬…?)。とりわけ実際に犬を飼っている方は、たとえフィクションでも犬が無惨に死ぬような展開は「やめてくれ!!」となる度合いが高いようだ。

そんな中、2020年に話題になった「アングスト/不安」は、殺人鬼を描いた不穏きわまりない映画でありながら、とある「配慮」が話題になった。予告編を観て犬の安否を心配する映画ファンに、公式アカウントからリプライが届いたのである。そう、「犬は無事です」と。

SNSでは忌み嫌われがちな、ある種の「ネタバレ」を公式自らが行う形になったわけだが、殺人鬼映画の公式アカウントが見せたまさかの繊細な「配慮」は、好意的な驚きをもって映画ファンに迎えられたようだ。

当時の「アングスト/不安」宣伝担当者さんは、その時の様子を語っている。

もともと犬の安否を保証する動画を公開する予定は宣伝計画案としてありました。しかし予告編を解禁した後、あまりにも犬の安否を心配する声が多かったことから、必死にSNSで「犬は無事です」と一人ひとりリプライを送っていたのですがその様子がさらに注目を集めてしまったため、動画出しスケジュールを早め、緊急で製作と解禁を早めた記憶があります。
あまりの犬需要に驚き犬無事ステッカーと犬無事Tシャツを作り、犬の飼い主だったサウンドトラックの作曲者の方にTシャツを送って着ていただきました。

「犬無事」グッズまで生まれたというから驚きだが、注意喚起というより「安心喚起」とでもいうべき誠実な行動が話題を呼んだ、(意図的ではないにしろ)SNS上の映画宣伝として興味深い例だ。

映画の「注意喚起」は、時代の移り変わりをビビッドに示してもいる。最近は映画やドラマを観ていても、たとえば「津波の表現・自殺・虐待・性暴力」のように、観客の具体的なトラウマを刺激するかもしれない展開には注意書きが出ることも少なくない。映画が万人に開かれたものである以上、このような注意喚起は(無用な”事故”を避けるうえでも)もちろん大切だろう。

一方で注意喚起の大切さと、ネタバレ許容度のバランスの問題は映画ファンの間でもよく議論になる。極端な話「津波の表現があるかどうかさえ知りたくない」人から、逆に「全部ネタバレされないと観たくない」人までいるかもしれないのだ。注意喚起・情報開示のラインに唯一絶対の答えはないが、映画が「これはイケる」「これはムリ」という多様で複雑な条件を抱えた人々が観る娯楽である以上、それを届ける側の判断力もまた研ぎ澄まされていく必要がある。「アングスト/不安」の「犬無事」の一件は、「映画を観客に届けること」の妙味を感じさせる、象徴的なニュースといえそうだ。

イベントレポート

伝説のバンド「クイーン」の代名詞が「ボヘミアン・ラプソディ」であるように、「おもしろ映画宣伝」の代名詞といえば……もちろん「鏡開き」だ。ビニールタッキーさんの愛した「おもしろ映画宣伝」を巡る連載の最終回として、この件こそがふさわしいだろう。

2018年に公開され、日本でも大ヒットした映画「ボヘミアン・ラプソディ」のジャパンプレミアで、主演のラミ・マレックら3人のキャストが出席した。

3人が舞台上でトライするのは、もちろん……恒例の「鏡開き」だ!

先述したように「鏡開き」は究極かつ王道の「おもしろ映画宣伝」といえる。映画の宣伝のために海外からわざわざお越しいただいた大物俳優たちが、なぜかハッピを着せられ、木槌で酒樽を割るという謎の伝統ジャパニーズ風習をやらされる姿は、なかなかの滑稽さと微笑ましさと気まずさと恐縮さとめでたさが入り混じった、良くも悪くもオリジナルな空気感を生む。

ビニールタッキーさんも、映画宣伝の中でもとりわけ「鏡開き」を愛していたようだ。一緒に開いたトークイベントで、いっそ「鏡開き」やっちゃう?という話が出たこともあるほどだ。(予算の都合でやらなかったが………。)

そして本作「ボヘミアン・ラプソディ」の「鏡開き」は特別だったという。宣伝担当の方からは、今回このようなコメントをいただいている。

来日キャンペーンでは、何度も来日経験のある親日家のクイーンの「ベタ」なキャンペーンをあえて意識しました。外国からのゲストが法被を着て鏡開きをするという、ビートルズ来日以来のお決まりの日本風の演出です。揃いの法被にはキャスト名ではなく、クイーン / フレディ・マーキュリー、クイーン / ブライアン・メイ、クイーン / ジョン・ディーコンといったバンド・メンバー名を左右に入れました。

こうした「日本とクイーン」の歴史と伝統を感じさせる、スペシャル鏡開きの決行を予想していたビニールタッキーさん本人に、映画の公式アカウントが直々に「報告」してくれたというエピソードも微笑ましい。(もはやおもしろ映画宣伝の当事者として巻き込まれているような……!?)

ビニールタッキーによるXの投稿

急に話のスケールを広げるが、日本という国は、地理的・文化的に内向きで閉鎖的な島国であると同時に、「積極的に海のむこうの文化を取り入れる」ことで発展してきた、という開放的な伝統も持っている。

おもしろ映画宣伝としての「鏡開き」が繰り広げる光景は、日本のそうした二律背反的な特徴を完璧に象徴していると言えないだろうか。「海外の最先端のエンタメ作品やアート作品を、保守的・内向きな傾向のある日本の大衆に、いかに届けるか?」と知恵を絞った果てに生まれた不思議な時空…それが「鏡開き」なのである。

さらに鏡開きの後、東京タワーの前で、映画キャストたちはクイーン本人たちを再現して「野点(のだて)」を行ったのだが、その際、日本側のスタッフが(土壇場で無念の欠席となった)ベン・ハーディの立て看板パネルを用意した。すると……?

驚いたことに、キャストはそのパネルを非常に気に入り、プライベートで居酒屋や箱根旅行にまで持っていき、最後はスーツケースに畳んで持ち帰りました。まさに、彼ら4人が“クイーン”のメンバーとして、映画の役柄を超えた絆を築いていたことを強く感じました。

この「ベン看板」は「カードボード・ベン」としてキャストたちに愛され、あげくのはてにメンバーの1人が持ち帰って、SNSに投稿しまくるという楽しいドラマまで生まれたそうだ。

ジョー・マッゼロ(「ボヘミアン・ラプソディ」ジョン・ディーコン役)Instagram

そんな「ボヘミアン・ラプソディ」が日本でもみごと、音楽・ミュージカル映画として歴代No.1の驚異の大ヒット(興収135億円!)を遂げたというのだから、素晴らしいことだ。もちろん映画の出来の良さや、広い世代からの圧倒的なクイーン人気も大きいだろうが、日本の宣伝や配給側の愛情あふれる、きめ細かい宣伝スタイルも功を奏したことだろう。

オープニングから5週目となる週末が最高興収となる尻上がり興行で、最終興収は135億円の大ヒット、伝説のチャンピオン(We are the Champions)となった良い思い出です。

と宣伝担当者さんも当時のことを熱く語る。

洋画不振を嘆く声もやまない昨今だが、映画の宣伝に携わる人々は、いつか「ボヘミアン・ラプソディ」を超える大ヒットをブチあげて「ウィー・ウィル・ロック・ユー」してやるぜ!と、不屈の闘志を燃やしていると信じたい。

記事を締める前にひとつだけ、ビニールタッキーさんが生前「あまり話題になってないけど、僕は大好き!」と語っていた映画の話をしたい。それは、「ホーンテッド・マンション」(2023)だ。大切な人を亡くして人生のドン底にいた主人公が、幽霊屋敷での事件に巻き込まれるお話なのだが、その中で「幽霊のウインク」と呼ばれる現象がキーワードになる。亡くなった人は目に見えなくても、(例えば汽車の音や猫の首飾りのような)何かを通して「ウインク」を生者に送ってくれる、というものだ。冒険を終えて再び前を向いて歩き出した主人公が、最後に大切な人の「ウインク」を受け取るラストシーンは、心を打つものだった。

いきもの系クリエイターとして日頃なるべく非科学的なことは言わないように心がけている身ではあるが、これから面白い映画宣伝(特に鏡割り!)を見かけたら、ビニールタッキーさんの「ウインク」のように感じて、きっと空を見上げてしまうことだろう。

「映画なんかいくら観たって、世の中が良くなるわけじゃない。」と思うかもしれない。しかし少なくとも、ビニールタッキーさんが愛情をもってウォッチし続けた「映画宣伝」は、この10年で前向きな変化を遂げてきた。

この世界でのビニールタッキーさんの旅路が終わっても、映画宣伝の物語は続く。心優しき映画宣伝ウォッチャーにかわって、次はあなたが映画宣伝を、そして映画を、ウォッチしてほしい。

ビニールタッキーさんのお友達 ぬまがさワタリ

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ビニールタッキーが選んだ2015年~2025年のおもしろ映画宣伝、「アングスト」「ボヘミアン・ラプソディ」担当者コメント全文

読者の反応

ぬまがさワタリ@『いきものニュース図解』など3/19発売 @numagasa

昨年10月に残念ながら亡くなった友人ビニールタッキーさんが、映画ナタリーで連載していたコラム「月間おもしろ映画宣伝」。
このたび不肖私が、その最終回(とささやかなイラスト)を代わりに書かせてもらいました。
ウォッチャーの旅路は終わっても、映画宣伝の物語は続く!
https://t.co/egAZsX1QH2

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